2011年1月19日水曜日

仏教、巡礼の旅に出ました!

1月12日から16日まで、ヴァラナシーのすぐ近くのサルナートで、ダライラマ法王の説法が開かれていました。そのため私たちは、花凛も連れてワンボと父と4人、大きな荷物を背負い、1月9日の早朝、ラダックを発ちました。

前日に、行ってきます!の投稿をしようとしたら、なぜかネットが超スロー。とっても作業などできませんでした。
それからは移動やら子連れやらで、ネットカフェに近づけず、やっと借りた部屋に落ち着いたと思ったら、翌日より説法の5日間が始まりました。

急に更新ができなくなり失礼いたしました。そんな事情だたのです。

それにしても、すばらしいダライラマの説法と謁見、群衆の中で死にそう!?になったことなど、いろいろ話題は尽きないのですが、また折を見て報告いたします。

今、一人でヴァラナシに来て、これから行くネパール方面への準備をしていました。

今日の夜にはサルナートより、ゴラクプールへ移動して、クシナガル、ルンビニと仏教の8大聖地のうちの2箇所を巡り、ネパール方面を目指します。





ラダックより旅立ちの滑走路。

一面雪景色

ここから標高が下がり雲も雪もなかった。分岐点。





久しぶりのインド世界。デリーの地下鉄、カシミーリゲート駅。

買出し組みのワンボと待ち合わせの待ち時間。ついマックに入ってしまった悪い母。 

小さな夢かなったり。自分の子どもを連れてインドの列車の旅をするのが夢でした。

サルナートは説法のために一時的な町ができあがっていた。近隣諸国の仏教徒大集合。

セキュリティーのため、IDカード作成。外国人用カウンターに2時間は並んで作った。

仏陀が初めて説法をした地に建てられたダメークストゥーパ。

毎夕、説法のあとにここへ来てはストゥーパをグルグル回ってお祈り。

ろうそくを灯してお祈り

かつて仏陀の説法を聞いた鹿の末裔か?とガイドブックにあり。なるほど。

父と叔父(僧)といっしょにお祈りの途中の休息

サルナートで間借りしたお部屋の子どもと一緒に。
間借りしたお部屋。自炊しながら、屋上が気持ちよかった。

2011年1月7日金曜日

雪景色のストック山脈

神々しい陽射し。
雪の残るラダックに嬉しいぬくもりをくれます。
陽射しさえあれば、日中は暖かく過ごせます。家の中よりも外が暖かいくらいです。
雪の照り返しも強いのですが、今は、一面銀世界で美しすぎます。
その代わり、いよいよ真冬の厳しさが本格的に到来したという感じで、本当に寒くなりました。
ああ、太陽さま~、どうかいつもご機嫌で顔をのぞかせてくださ~い。


2011年1月6日木曜日

真冬は洗濯物も凍ります

洗剤を入れて漬けおきで一晩。完全に凍りました。
これからは、漬けおき厳禁です。

2011年1月2日日曜日

ラダック民族衣装②ドゥンにて

先日、「ラダック民族衣装」として、ちょこっとだけ紹介しましたがその続きです。

ラダックでは、子どもが誕生したことを祝い、Ldun(ドゥン)という盛大なパーティーが開かれます。村中、もしくは村外でもあらゆる親戚、友人が参列して、ものすごいたくさんの人が行き来します。
でもこれ、子どもが生まれてすぐするものではなく、色々なころあいを見て、例えば2~3歳と大きくなってからでも行われるのです。実際、結婚式たるものも、結婚後何年かたってから開いたりもします。日本人としてはちょっと不思議な時間の流れですが、ここではそんな自由な感覚?があります。

さて、実際に11月に開かれた近い親戚のドゥンの写真をアップします。
近親者であればあるほど着飾って参列するのですが、私の場合、オケージョン用なんて時々しかないからと後回しにして、それほど衣装はそろっていなかったのですが、親戚の女の子が面倒を見てくれたおかげで、ラダッキー女子らしく着飾るにいたりました。

何せ、ストックではすっかり知られた「日本人妻」となりましたので・・・(苦笑)、それに恥じぬよう、こちらの民族衣装を着て、そして伝統の踊りを見よう見まねで踊ったりしなければなりません。
人々の「あの日本人、ちゃんと踊れるのか~?」という視線を痛いほど浴びながら頑張りました。
後日、村の女性たちに会うと、「すごく良く踊れてたわよ!」とか声をかけてくれました。お世辞だとは思いますが、正直、ちょっと安心しました。



女性はワンボの従兄弟ディスキット。男性は旦那様のナムギャル。
彼女の次女のお祝いです。
ディスキットの衣装は光沢のある生地で作られたコースと言うもの。
前開きで、下に太目のパンツを履く。腰でスケラックというベルトを縛る。
パンツとシャツとベルトと肩にかけるショールの4つを同色や同生地にするのがメジャー。
ちなみに、このコースは既婚者が着るものです。
胸にはラダックで取れる純金で作られたペンダント。
これ、金だけにけっこう高価なものです。

右からディスキットのお母さん、お父さん、ワンボ、
ディスキットとワンボの叔母さん。
お母さんのラダッキー帽子がかわいい。

私も見よう見まねの伝統の踊りで頑張ってます。(左)
中央の女性が衣装の面倒を見てくれたドール。
彼女はとってもおしゃれが大好き。

カタクスを肩からかけて、その両端を掴みながら踊る。
とってもスローなステップですが、リズムの裏を取るような
ステップなのでとっても難しい・・・。
正直、みんな踊りたがりで、昼も夜もずっと踊り続けます。
一曲ごとにメンバーが変わるのですが、先頭に立った人がリーダーとなり、
その人の家族や親戚などがその後に続きます。
そして、リーダーは踊り終わると楽隊にお金をあげるという仕来たりになっています。

右の女の子がドゥンの主役のチョドゥン3歳。主役と知ってか知らずにか、
ちょっとご機嫌斜めで、ドレスアップしていなかったのが残念。
左はじろっと見つめる花凛です。

2011年1月1日土曜日

Happy New Year 2011 !!

ブログを読んで下さっている皆さま、明けましておめでとうございます!

3時間半遅れで、間もなくインドも年が明けようとしています。
衛星放送にてNHKワールドを見たら、「ゆく年くる年」がやっていまして、ちょっとの差でカウントダウンこそ見逃しましたが、日本のお正月の雰囲気もテレビを通して味わえました。

今夜は、レーのお家にお友達(ザンスカール出身のヤンペルさん、奥さんのサチさん、日本からお越しのお客様Nさん)をお招きしました。
少々お酒を頂きながら、ワンボの同級生だったザンスカール出身のチョクラ君が、おいしいパランタ(マッシュポテト入りのロティ)を作ってくれ、みんなで食べました~!

昨日の雪のおかげで、ストックの実家で過ごす大晦日をあきらめたのですが、お友達とのパーティーもとっても楽しかったので何だかよかったです。


さてさて、今年は私たちのラダックでの暮らしが、どういう形でか、誰かの力になったり、お互いに元気になれるものになるよう、精進していきたいと思ってます!

今年も、みなさんにとって素晴らしい一年になりますよう、心からお祈り申し上げます。





2010年12月31日金曜日

Once again snowfall on New Year Eve







And it finally snowed again in ladakh,the prayer of the the ladakhi has been fulfilled at last with this shower of snowfall.Ladakhi farming depends on the quantity of snowfall,if there is a shortage of snowfall in winter then its a bad luck for them in their farming during summer.Its the snow that play an important role in the life of ladakh people.














祈りの三日間マネ・ツァクチェス

12/27より三日間、またもストックに帰ってました。
今回は、隣組のようなコミュニティーのみんなが集まって、三日間、昼も夜もお祈りをするという、何とも清らかな行事があったので参加してきました。

ストックには、大きく分けて、6つのコミュニティーがあります。そのストックで一番奥(上)にある我らのコミュニティーが「スプンルール」と言います。合計、7家族の集まりで、その中には分家もあるので、お家の軒数で言えばもう少し増えますが、可能な限り皆が参加します。
今年は、我が家「ニャムシャン」(家の屋号です)が、会場となったので、これまたちょっと忙しくなりました。

午前中、10時を過ぎる頃になると、ぽつぽつと人が集まってきました。おもむろに客間に座ると、持参したお数珠の玉を、時計回りに一つ一つ丁寧にまわしながら進ませ、口では「オンマニ パドメ フム」とマントラを唱え続けます。それを右手でやりながら、左手ではマネ車をこれまた時計回りに回すのです。余談ですが、これ、簡単そうに思えますが、実際にやってみると、両手でそれぞれを回すのは難しいもので、それなりの熟練が必要です。

ちなみに、今回、私たちはホストですので、来てくれた人に次々とお茶を出したりとお世話をはじめます。いつの間にか、部屋がいっぱいになるほど人々が集まり、マントラが響きわたりました。
気の知れたご近所さん、もしくは親戚ですので、何も堅苦しくはないのですが、私は一人、粗相をせぬよう、外国人妻なりに役割を果たすべく努めます。

ここでメインの、いわゆるバター茶は、日本のビールのように何度も注いであげるものなので、様子を見ながら、どうぞどうぞと注いでまわります。簡単そうですが、これの何が難しいかといえば、日本の比ではないほど、ラダック人は遠慮が美徳ですので、ほしいのに、いらないと言ってきたりするわけです。でも、これは、そういうスタイルなだけで、実は飲めるし飲みたかったりするのです。ですので、断られても、負けずに3回はどうぞどうぞと言わないと、ちゃんと接待したことにはなりません。
しかし、本当にいらない人もいるのです。この見極めが難しいのです。正直、いまだにその見極めに自信はありませんが、なんとかやってきました。


本題に戻りましょう。
こうして、お茶をすすったりしながら、また、時には和やかな歓談もあり、数時間お祈りをしている間に、全員分のご飯を用意し給仕します。皆でご飯を一緒に食べたかと思うと、またお祈りがスタート。人によっては帰ったりもしますが、夕方4時すぎまでは続けます。

ここでちょっとブレイクで、みんなおもむろに帰宅していき、各自のお家の世話でもするのでしょう。
そうかと思うと、6時、7時にはまた集まり、今度は大きな方の客間に座って頂き、お祈りが再スタート。夜は仕事や学校のある人も来られるので、いっぱい集まりました。多分、30人以上はいたでしょうか。
子供から老人まで、みんなでお祈りをする穏やかなこの場と時間が、なんともステキなもので、ちょっと癖になりそうでした。というのも、こんなに、みんなで集まって何かするのも、あるようで、そんなに頻繁でもなく、また、子供や女性もいるので、私にはとっても心地よいものでした。
一緒に、見よう見まねのマントラとマネマネ(数珠などを回すこと)をしましたが、とっても清らかでした。

こうして、夜ご飯を用意して、給仕して、再びお祈りをして夜の10時半過ぎまでめいいっぱい続きました。なにせ、11時には電気がきれてしまう今日この頃ですので、みんな、その前に帰って行きました。途中、マントラのほかに歌のようなお祈りもしていましたし、また五体投地もしました。子供たちも一生懸命五体投地する姿がいとおしかったです。







12/30、やっと雪降ってます!

なんだか今年の冬はいまいち寒くないと思っていましたが、すっかり今日の天気は曇り曇り曇り。しかも、いかにも雪が降りそうでした。
今朝はストックで目覚めたのですが、レーの方面を見ると、すっかり霧に包まれているし、ストックカンギリの山頂周辺はもう雪が降っている様子。今日はいよいよ、ガッツリ雪が降りそうだなあと思ってワクワクしていたら、夕方になり、やっぱり降りました!
現在、現地時間9時半ですが、けっこう積もってきて、畑は真っ白です。もっと降れ~もっと降れ~と、久々の雪と本格的な雪に期待しております。

もちろん、ただ雪が降ってほしいだけではありません。ここラダックでは、暖冬ではダメなのです。というのも、冬がいかに寒いかが来年の夏を左右します。
というのは、たくさん雪が降れば降るほど夏になり、積もっていたその雪が融けて、川となって水が大地を潤すのです。もちろん、今年のように洪水が来ては困るのですが、いつものように雪が降るということは、来年の豊作につながるのです。


うれしくて、娘の花凛と一緒に大好きな「わらべ歌」を歌ってました。

雨こんこん 雪こんこん
おらえの前さ たんと降れ
お寺の前さ ちっと降れ


ラダックではありえない表現ですが、日本ではお寺や坊主という存在は、ちょっと面白おかしく表現され、それでもって愛嬌を持っているのですね。ラダックで歌詞を通訳するのは控えとこうかな~。
なんだか怒られそうなので~(笑)

明日は、積もった雪景色を紹介できたらと思います。
そういえば、日本は雪降ってるでしょうか?

2010年12月27日月曜日

ラダック民族衣装

11月に親戚の子どもの誕生をお祝いするドゥンというパーティーが開かれました。その時に着た衣装を紹介します。花凛といとこのお姉ちゃん、お友達のおにいちゃん。
また、私は日中はヒマーチャル・プラデシュ州のマナリーの民族衣装を借りてきました。夜はラダックのを着ました。それは次回のお楽しみに。



2010年12月24日金曜日

Christmas Eve snowfall.


Finally it snowed again in Leh,well it snowed in October then it went dormant and today it snowed again.Welcome home!!

2010年12月21日火曜日

冬支度② 燃料

 本格的な冬の間、 暖をとるために重要な燃料は自然資源に頼ります。
とはいえ、こんな標高の高い場所なので、木々が豊富に生い茂っているわけではなく、ここにあるものを大切に使います。そう、それは乾燥した牛糞などです。

実家のストックでは、夏の間も常に家畜の糞を集めて乾燥させておいていましたが、9月も下旬頃からは、収穫や加工も落ち着いて、食料の冬支度がひと段落したら、義母や義妹たちが暇を見ては家の周辺から山の方まで、糞集めに入ってたような気がします。まさに冬支度でした。
 私たちは、この苦労の結晶の、貴重な燃料を、今年は自ら集めた訳でもないのに、分けてもらっているのです。なんとありがたいことでしょう!しかも、親戚の分家のお母さんも一袋分けてくれました。

ちなみに、家畜の世話としては乳搾りも、牛追いもする私ですが、なぜか、義母は私にこの糞集めをしろとは言いませんでした。きっと初年から可哀想だと気を使ってくれてのことだったのでしょう。でも、今後のためにしっかり学ぶべきでした・・・。今は、見よう見まねで自宅周辺の糞を時々集めていますが、自分の牛もいないのに拾うのはなんか盗人みたいで、ちょっと気兼ねしてます。でも、せめてギブ&テイクになるように、日々、生ごみを放し飼いの牛たちにあげてます。

ではでは、レーの家で11月より設置して使っている薪ストーブ用の燃料を紹介します。
初めてラダックにきた時は、この糞を触ってから手を洗わない事に、ちょっと抵抗感があった私ですが、今や気にせずバキバキ割ったり掴んだりします。さらに、水も貴重なラダックですので、糞を触った手を洗ったりせずに、ご飯も食べれるまでに進化しちゃいました。郷に入れば郷に従えです。



この大きいのが牛糞。糞に水分が多くてか地面に落ちると、
べチャっとつぶれるので大きく広がった感じになる。
ものによっては手で割れないくらい硬くなったものもあり。何年物??
見れば、草木の繊維質ばかりでさぞかし健康的に見えたり。
この中は全部燃料の糞。これだけあれば、しばらく心配は要らない。
食料と同じレベルで蓄えに相当し、安心感がある。

こちらは調理用ガスのシリンダー。うちではガスストーブも今のところ
利用している為、そちらのストックでもあり現在2本ストックしている。
ラダックでは冬になると一家族?一ヶ月に一本しか買えなくなるとか。
何故かというと、雪で陸路が閉鎖されると、外部から物資が運べなくなり、
それまでにあるシリンダーしかなくなるので制限されるらしい。
ああ、寒さが厳しい上に、さらに環境がもっと厳し~い。

いったん仮で設置したおさがりの薪ストーブ。
現在、新しいのを加治屋さんに注文してあり待っている。
古くて錆があったり、薄い素材ではなかなか暖まらない。
でも、やっぱり火は暖かいし、水を沸かして蒸気がでるのはいいことだ。
もちろん、料理もできるので一石二鳥、三鳥。

ロバ、馬、子牛たちの糞。小さくコロコロしていて使い勝手もいいし、
よく燃えると言われています。実際、よく燃えてます。
ボトルの中はケロシン(灯油)。残念ながらこれをかけないとなかなか燃えません。

冬支度① 窓にシートを張る

レーの街で間借りしたおうち。外壁はこの通り加工の途中でラダックらしい白い壁ではないです。でも、私たちが借りている2階の部屋の内装はしっかりやってあり快適です。

レーでは、普通11月頃から家の窓に外からシートを張り、寒さに備えます。我が家はハシゴがないない言って出遅れました・・・。
ちなみに、この寒さ対策シートは、ストックではあまり目にしないのですが、私が思うに、ストックこそもっと寒いのでやったほうがいいはず。昨日、うちに遊びに来た義理の父にオススメしておきました。乗り気でしたよ。

ビニールを張ると、景色は少々にごりますが、見えないわけではないし、まぁ大丈夫。
それより何より、寒くないことが大切です。

2階なので、はしごがほしかったけど、なかった・・・。
ワンボが丸太で即席の足場を組んだ。本当に大丈夫か~??

さながらクライミングでした。一応下で私が足場を支えながらも、
時々は写真撮影。落ちるなよ~!


こんな透明のビニールを張りました。


2010年12月18日土曜日

正直、怖かったモハラム

ラダックはレーの街のメインバザールには、チベット仏教のゴンパのほかに、イスラム教のモスクがふたつあります。ひとつはスンニ派、もうひとつはシーア派とのこと。ここラダックは、仏教文化で知られる場所ではありますが、ラダッキーイスラム教徒も多数います。いまや人口比率で言えば、仏教徒を上回ったとも言われています。もっとも、ラダック地方の中でもレー郡ではなく、カルギり郡にはイスラム教徒が多いのです。

そんな背景があるラダックですが、つい先日の15日、イスラム教シーア派の有名な行事がありました。モハラムです。どんなものかというと、以下ちょっと引用いたします。

 (以下引用) 
「シーア派の特徴は、イスラム世界の異邦人という意識に彩られているようです。そんなシーア派を象徴するモハラム(イスラム暦の1月)の行事を紹介しましょう。

暗殺されたアリーには二人の息子がいました。後継者になった長男のハサンは暗殺されます。一族の再起を願う弟ホセインは、わずかな軍を率いて、680年 10月10日、ウマイヤ朝第二代カリフ、ヤズイードの大軍とカルバラで戦って全滅します。

これが「カルバラの悲劇」と呼ばれ、ホセインの無念を思って身体を傷つけ、悲しみの叫び声を上げながら行列が街中を練り歩く、シーア派最大の年中行事として今も続いています。彼に異邦人シーア派の姿をだぶらせているのでしょう。」



というわけで、仏教に彩られていた日常のラダックが、一気にイスラム一色となったその行事は、なんとも見た目には恐ろしくもあり、あまり精通していないで見ると、ちょっとドン引きしてしまうかもしれませんが、どんな様子かお伝えしようと思います。

ちなみに、私は以前、カルカッタに住むイスラム教徒のお友達に、このモハラムに連れて行ってもらい、見学したことがありました。人口も多いカルカッタのそれは規模も大規模で驚きました。それも、人生で初めて見るものとしては、ちょっと恐ろしいもので、刀のような長い剣で自らの体を切りつけたりするのですが、音楽にあわせたりしてパフォーマンス的な要素も多く?感じたのですが、ラダックのそれは何か、規模こそカルカッタとは違いますが、その血の流れようが違ったのでした・・・。





長い長い行列の一部。喪に服すという意味もあるので黒い服が多い。
音楽にあわせて体を切りつけたり叩いたりする。
もちろん、一緒に合唱しておりすごい興奮状態。
大量の血を流してトランス状態にちかい
人々が救助され,次々に目の前を運ばれていく。

中央の人が特に流血しているのがわかる。
ここで見ていたら、次々に顔を真っ赤に染めた人が,
目の前を救助されていくので恐ろしくなり帰ることにした・・・。

行列の最後。みんなが流血を拭いたティッシュや布を掃除する部隊がちゃんといる。
野良犬が血のにおいに引き付けられている。車は救急車。

最終的に、給水車が出動し、血で汚れた道路を水で清掃する部隊がいる。なるほど。